EHP SAPのエンハンスメント・パッケージとは
EHPの技術概要とスイッチフレームワークの特徴
SAPのエンハンスメントパッケージ(EHP)は、SAP ERP 6.0を導入済みの企業に向けて提供される機能拡張パッケージです。従来のSAP製品では、新機能を利用するためには大規模なアップグレードが必要でしたが、EHPではそのような全面的なアップグレードを行わずに、必要な新機能だけを選択して有効化できるようになりました。
この選択的な機能有効化を可能にしているのが「スイッチフレームワーク」と呼ばれる技術です。スイッチフレームワークにより、企業は自社のビジネスニーズに合わせて必要な機能のみを選択的に導入できるようになりました。これにより、システム全体への影響を最小限に抑えながら、新機能を迅速に利用できるようになっています。
EHPで提供される機能には、以下のようなものがあります。
- 業種別・業種共通の各種新シナリオ
- 簡素化された新たなユーザーインターフェース
- 各種エンタープライズサービス
EHPの技術仕様を理解するためには、「EHP Technology Fact」という資料が役立ちます。この資料では、テクニカルユーセージ(コンポーネント)、Business Function(有効化する機能単位)、スイッチフレームワークの特徴などが詳細に解説されています。
EHP適用によるERPコアシステムへのメリット
EHPを適用することで、企業のERPコアシステムにはさまざまなメリットがもたらされます。最も大きなメリットは、本稼働しているERPコアシステムへの干渉を最小限に抑えながら、新機能を迅速に利用できるようになることです。
具体的なメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- システム安定性の維持:全面的なアップグレードと比較して、既存システムへの影響が少ないため、システムの安定性を維持したまま機能拡張が可能です。
- 選択的な機能導入:必要な機能のみを選択して導入できるため、不要な機能による複雑化を避けられます。
- コスト削減:全面的なアップグレードと比較して、テスト範囲やリソース投入を抑えられるため、コスト削減につながります。
- ビジネス継続性の確保:システムダウンタイムを最小限に抑えられるため、ビジネスの継続性を確保しやすくなります。
- 最新技術の活用:HANA、Mobile、Sybase ASE、Business Objectsといった革新的な技術をERP 6.0やBusiness Suite 7で利用するための前提条件となります。
これらのメリットにより、企業は大規模なシステム更新を行わずとも、最新の機能や技術を取り入れることができ、ビジネスの競争力を維持・向上させることが可能になります。
EHPの適用ツールと導入手順の詳細解説
EHPを適用する際には、バージョンによって使用するツールが異なります。ここでは、主要なツールと導入手順について詳しく解説します。
EHP適用ツール。
- SAP Enhancement Package 3(EhP3)までの場合。
- ABAP部分:SPAM/SAINT(Support Package Manager/Add-On Installation)
- JAVA部分:JSPM(Java Support Package Manager)
- SAP Enhancement Package 4(EhP4)以降の場合。
- ABAP:SAP EHP installer(EHPi)
- JAVA:SAP EHP installer(EHPi)※状況に応じてJSPMも使用
導入手順の概要。
- 準備フェーズ
- システム要件の確認
- 必要なパッチレベルの確認
- バックアップの取得
- 影響分析の実施
- インストールフェーズ
- SolManメンテナンスオプティマイザによる管理
- EHPインストーラーによるパッケージの適用
- 必要に応じてSUMツール(Software Update Manager)の活用
- 有効化フェーズ
- トランザクションSFW5を使用したBusiness Functionの有効化
- 選択した機能のアクティベーション
- テストフェーズ
- BPCA(Business Process Change Analyzer)を活用したテスト範囲の特定
- 標準テストシナリオの実行
- カスタマイズ部分のテスト
EHP適用プロジェクトを成功させるためには、事前の影響分析が非常に重要です。特に、カスタマイズされたプログラムがEHP適用によってどのような影響を受けるかを把握しておくことが必要です。そのためのツールとして「Panaya」などの影響分析ツールを活用する企業も増えています。
EHPと2027年問題の関連性と対応戦略
SAP ERP 6.0のサポート終了に関する「2027年問題」は、多くの企業にとって重要な課題となっています。SAP ERP 6.0の標準サポートは2025年まで、全バージョンの保守期限は2027年末までとなっており、それ以降もSAPを継続利用するためには対応が必要です。
2027年問題とEHPの関連性。
EHPの適用は、「SAP S/4HANA」への移行準備として重要なステップとなります。特に、S/4HANAへの移行には以下の前提条件があります。
- Unicode対応(文字コード規格の方式変更)
- SAP ERP 6.0のEHP適用
多くの企業では、リスクを分散するために移行作業を段階的に行っています。まずはUnicode対応とEHP適用を行い、その後S/4HANAへの移行を進めるという二段階のアプローチが一般的です。
対応戦略の例。
日本製紙株式会社の事例では、約20年間SAP ERPを利用してきた同社が2027年問題への対策として、まずUnicode対応とEHP適用を完了させ、その後S/4HANAへの移行準備を進めるという戦略を採用しています。このアプローチにより、以下のメリットを得ています。
- 2027年までの現行システムサポート継続の確保
- S/4HANA移行に向けた基盤整備
- 最小限のダウンタイムでの移行実現
EHPの適用は、単なる機能拡張だけでなく、将来的なSAPシステムの継続利用を見据えた戦略的な取り組みとして位置づけられています。
EHPのバージョン別特徴と選定ポイント
SAPのエンハンスメントパッケージ(EHP)は、バージョンによって提供される機能や技術的特徴が異なります。企業の状況やニーズに合わせて最適なEHPバージョンを選定することが重要です。
主要なEHPバージョンと特徴。
EHPバージョン リリース時期 主な特徴 対応NetWeaverバージョン EHP1 2006年 初のエンハンスメントパッケージ NetWeaver 7.0 EHP2 2007年 業種別機能の強化 NetWeaver 7.0 EHP3 2008年 SPAM/SAINTによる適用 NetWeaver 7.0 EHP4 2009年 EHPiの導入 NetWeaver 7.0 EHP5 2010年 モバイル機能の強化 NetWeaver 7.0 EHP6 2011年 BS7 innovation 2011、Dual stackの最終サポート NetWeaver 7.0 EHP3 EHP7 2013年 HANAとの統合強化 NetWeaver 7.4 EHP8 2016年 S/4HANA移行の準備 NetWeaver 7.5 EHP選定のポイント。
- 現在のシステム状況の把握。
- 現在のSAP ERPバージョンとパッチレベル
- カスタマイズの範囲と複雑さ
- 使用しているアドオンの互換性
- 将来計画との整合性。
- S/4HANAへの移行計画の有無とタイミング
- クラウド化の検討状況
- ビジネス要件の変化予測
- 技術的な考慮事項。
- ABAPのみの環境か、Javaも含むDual stackか
- HANAやモバイル技術の活用計画
- システムランドスケープの複雑さ
- サポート期限の確認。
- 各EHPバージョンのサポート終了時期
- メンテナンスコストの変化
EHPの選定においては、単に最新バージョンを選ぶのではなく、自社の状況や将来計画を踏まえた戦略的な判断が必要です。特に、S/4HANAへの移行を計画している場合は、移行パスを考慮したEHPバージョンの選定が重要になります。
また、EHP適用前には不要な機能や使用していないプログラムを整理しておくことで、適用作業がスムーズになります。システム全体をスリム化するために、各種調査ツールの活用も検討すべきでしょう。
EHPの選定と適用は、単なる技術的なアップデートではなく、企業のITシステム戦略全体に関わる重要な意思決定です。慎重な計画と準備を行うことで、最大限のメリットを得ることができます。
EHP適用プロジェクトの成功事例と失敗から学ぶポイント
EHPの適用は、適切な計画と実行が伴わなければ、予期せぬ問題を引き起こす可能性があります。ここでは、実際の成功事例と失敗から学ぶべきポイントを紹介します。
成功事例:東ソー株式会社
総合化学メーカーの東ソー株式会社は、SAP ERPのハードウェアリプレースに合わせてEHPを適用する際に、影響分析/テストソリューション「Panaya」を活用しました。その結果。
- 効率的なシステム改修により、約4割の工数削減を実現
- 結合テストと総合テストの自動化によるテスト工数の大幅削減
- 影響分析に基づく的確な改修範囲の特定
この事例から学べるポイントは、適切な影響分析ツールの活用が、EHP適用プロジェクトの効率化に大きく貢献するということです。
成功事例:日本製紙株式会社
日本製紙株式会社は、SAP ERPの標準サポート期限終了に対応するため、Unicode対応とEHP適用を実施しました。このプロジェクトでは。
- 複数のベンダーが参画し、密に連携
- アセスメントツールでは分からなかった改修必要資産を業務的観点から洗い出し
- プロジェクト開始前に使用していないプログラムを特定し、更新対象から除外
- ダウンタイムの制約を考慮し、連休中の稼働を目標に厳密なスケジュール管理を実施
この事例からは、事前準備の重要性と、業務知識を持つパートナーとの協力が成功の鍵であることがわかります。
失敗から学ぶポイント。
- 不十分な影響分析。EHP適用による影響範囲を十分に把握せずに進めると、稼働後に予期せぬエラーが発生するリスクがあります。特にカスタマイズやZ開発が多いシステムでは、影響分析が不可欠です。
- テスト計画の不備。テスト範囲や深度が不十分だと、重要な問題を見逃す可能性があります。日本製紙の事例では、「限られた期間の中でどのレベルまでテストを行うべきか、難しい判断を求められた」と述べられています。
- ツール選定の誤り。EHPのバージョンによって適用ツールが異なります。誤ったツールを選定すると、適用作業が複雑化する恐れがあります。例えば、EhP3までとEhP4以降では使用するツールが異なります。
- リソース配分の問題。プロジェクト期間中のメンバーの入れ替わりや、経験不足のメンバーの参画は、進捗の遅延につながります。適切なスキルを持つリソースの確保と、知識継承の仕組みが重要です。
- 不要な機能・プログラムの放置。日本製紙の事例では「日常の業務の中で不要な機能や動いていないプログラムを予め見極めて整理しておけば、今回の適用作業がもっと楽になったのではないか」と振り返っています。システムのスリム化が重要です。
EHP適用プロジェクトを成功させるためには、これらの事例から学び、事前の準備と計画を徹底することが重要です。特に、影響分析ツールの活用、適切なテスト計画の策定、経験豊富なパートナーとの協力が、プロジェクトの成功確率を高める鍵となります。
EHPとSAP S/4HANAへの移行パスの最適化戦略
SAPユーザー企業にとって、将来的なS/4HANAへの移行は避けられない課題です。EHPの適用は、この移行パスを最適化するための重要なステップとなります。ここでは、EHPとS/4HANAの関係性と、最適な移行戦略について解説します。
EHPとS/4HANAの関係性。
EHPの適